著者: 松崎隆司

日本のIT人材の年収水準、わずか3年で200万円以上上昇か

分析
18 Sep 20231分
職歴

日本企業のIT開発の内製化の動きとITベンチャー企業との人材獲得合戦などがIT人材の年収相場を大幅に引き上げている。

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クレジットGetty Images

企業内で加速するIT人材の内製化

独立行政法人、情報処理推進機構がまとめた「DX白書2023年」によると、2022年度の調査では、DXを推進する人材が「大幅に不足している」と答えた人の割合は、21年度調査の30.6%から22年度は49.6%と増加。「質」の高い人材の確保についても「大幅に不足している」と答えたものが30.5%から51.7%と、明確に人手不足を感じている企業が過半数を超えた。

「私は社内IT人材を担当していますが、ここ数年でものすごくニーズが高まっています。バブルといってもいいのではないでしょうか」

人材総合サービス企業、ランスタッドのプロフェッショナル事業本部テクノロジーチームのチームマネージャー、アレクサンダー・リチャードソン氏はこう語る。

日本の企業はこれまでシステムを構築するためには国内のSIer(エスアイヤー、システム開発を専門に担うIT企業)やITベンダーに頼ってきた。しかし最近では社内にITの経験とスキルのある人材を採用したいと考える企業のニーズが高まってきているという。

会社と社外のSIerなどのシステム開発者との橋渡しをする人材の必要性が増し、さらに独自でのシステム開発も進んでいるからだ。

「ITはそれぞれの会社の経営戦略と密接に関連しているため積極的にシステム投資するところは増えているのですが、社外のSierなどに丸投げしてしまうと、開発費用がかさみます。自分たちでできるところは自分たちでやりたいというニーズが増しているんだと思います」(リチャードソン氏)」

そのため企業の求めるIT人材もかつてのような運用保守だけではなく、多様化し、中でも情報分析、情報セキュリティー、ERP(基幹システム)導入、プロジェクトマネジメント、サービスマネジメントなどのニーズは非常に高い。

例えばイーコマースを導入する場合、そのバックオフィスには物流システム、在庫管理システム、会計システムなどを一元管理するERPの技術者が必要となる。

さらにソフトウエア開発では、同一のモジュールで構成される伝統的なアーキテクチャーであるモノリシックアプリケーションから、複数の独立したサービスを組み合わせることで1つのアプリケーションを構築していくマイクロサービスに移行が進んでいる。

しかしモノリシックアプリケーションからマイクロサービスへの移行はそう簡単なものではない。

モノリシックアプリケーションでは、全体が同じ技術やツールで統一されていることが多いため、開発者や運用者のスキルや知識が限定的でよかった。

ところがマイクロサービスでは、各サービスが異なる技術やツールを使って開発されることが多いため、開発者や運用者の幅広いスキルや知識が必要になる。また、サービス間の連携や監視、テスト、デバッグなどの管理や運用が複雑になるため、専門的なIT要員が不可欠となる。

例えばマイクロサービスでシステムを開発するためにはソフトウエアの開発者(バックエンドの開発者、フロントエンドの開発者)、データベースエンジニア、クラウドアーキテクト、セキュリティエキスパート、オペレーションズエンジニア、コンテナオーケストレーションエンジニアといった技術者を必要とする。

こうしたマイクロサービス向けの技術者を新たに採用しなければならない。さらにマイクロサービスは拡張性が高く、新しいサービスを迅速に開発することができるが、こうした新たなサービスを開発していくためにも新しいIT人材が必要となるというわけだ。

年収相場はわずか3年で200万円以上アップ

政府のITベンチャー振興策の中で新しい企業が次々に誕生しているが、こうしたITベンチャー企業との人材の獲得合戦が社内IT人材不足に拍車をかけている。

IT企業を担当するランスタッドのテクノロジーチーム、アソシエイトディレクターの高橋洋子氏は次のように語る。

「企業内でのIT人材の需要が高まっていることと同時に、ITベンチャー企業が今、次々に誕生しています。そのため、プロダクトマネージャーやWEBやスマホの開発エンジニアのニーズが高まっているのですが、各社人材の確保に苦戦している状況です」

そのため国内ではプロダクトマネージャーや開発エンジニアの取り合いのような状況になり、IT人材の年収の相場も年々上昇しているという。

「2019年の求職者へのオファー金額(年収)は800~1200万円の年収帯が多かったです。ところが22年には1000~1500万円の年収帯に上昇しています。更に上昇していくのではないかと思います」(高橋氏)

ランスタッドに求められるIT人材の多くは1000~1600万円で、スタッフやアシスタントマネジャーレベルでは700万円以上、マネージャークラスで1000万円以上、シニアマネージャーやCIOクラスになると、1500万~3500万円にもなるという。

年齢層では40代から50代前半がボリュームゾーンだ。部門長やITディレクターなどの管理職としての手腕を期待されているのだという。開発エンジニアは20代後半から30代が中心で、40代以降はそれほど多くはない。ハンズオンで仕事を覚え、迅速に作業することができる世代が求められているからだ。

さらに50代から60代でもコミュニケーション能力が高く、チェンジマネジメント(組織内改革)などのプロジェクトの経験のあるようなIT技術者はプロジェクト全体の計画を立て管理するプロジェクトマネージャーとしてのニーズが高い。例えば大手企業のIT経験者が役職定年を迎えるタイミングでコンサルティング会社に転職するというケースもある。

「若い人材には技術力を期待し、シニアには自分の手を動かすのではなく、もしこれを使ったら、どのような効果が期待できるのか、どんな影響が出るのかを経験から分析できる能力が期待されているようです」(リチャードソン氏)

IT人材を求める企業の中でも特にそのニーズが高い業種は、アパレル系、流通、製薬会社など。CRM(顧客管理システム)など顧客データを活用するためのIT人材に関心が高いようだ。

さらに最近はやりの生成AIを活用するためのエンジニアに関心が集まっている。

「機械学習などのエンジニアを募集している企業からの依頼を多くいただいています」(高橋氏)

ここで気になるのが、一般の社員との給与格差の問題だ。IT社員を採用するためには破格の給与を支払わなければならない。そのため一般社員との格差が拡大する。社内で育成されたIT社員とも格差が生まれることになる。こうした問題を企業はどのように対応しているのだろうか。

「日系のグローバル企業などでは、ジョブごとによって細かくプラス100、プラス200とサラリーレンジが分類されていますが、最近ではIT人材用のサラリーレンジをつくっている企業もあるようです」(リチャードソン氏)

「フルリモートでなければ転職したくない」

IT社員の採用で求められるのは何も給与面だけではない。待遇、会社の方針なども重要な要素となっている。

「サーバーなど現場に行かなければ仕事にならないようなものは別ですが、フルリモートでなければ転職したくはないという話はよく聞きます」(リチャードソン氏)

しかしコロナ以前は会社に出社することが当然のように言われたが、コロナを機会にリモートの動きは加速し、現在ランスタッドが取引している会社の8割がリモート勤務で、「毎日出社必須にしている企業は本当に数える程度です」(高橋氏)という。

「週3回から4回出社しなければいけない会社は7、8割程度。フルリモートは1割ぐらいだ」(リチャードソン氏)という。

それでも脱コロナ以降、企業側は数日でも会社に出社することを求めている。人事の観点から見るとフルリモートを前提とした勤怠管理のルールづくりをするのは日本ではまだ難しいからだという。

企業の経営方針についてもIT人材が転職をする上での重要な要素となっている。

「IT化のロードマップに力を入れている企業で働きたいという方が多いのではないでしょうか。今後ITにどれだけ投資していくのか、経営陣にどれだけITテクノロジーに対するリテラシーがあるか、といったことを採用候補者は気にします」(リチャードソン氏)

実際の面接でも採用候補者から企業側に「IT投資に対してどのくらいの予算があるのか」「どのようなITロードマップを描いているのか」「ITに関してどのような課題を抱えているのか」といった質問が投げかけられることもあるという。

採用候補者にとってITに対する経営陣の姿勢も重要な選択の要素になる。

「経営層がITテクノロジーの重要性、IT人材の貴重性をどのくらい重要視しているのかということ大事です。以前中堅企業の人事担当者から『ITの人材を採用したいが、社長がなかなか分かってくれず、そこに投資しようとは思っていないんです。エージェントさんから最近の動向について話をしてもらえませんか』という相談を受けたことがありました」(高橋氏)

IT人材を採用して育成していくためにCIOは、どのようなことが必要なのか。組織・人事のコンサルティングファーム、WTW(ウイリス・タワーズワトソン)のシニアディレクター、河原索氏は次のように語る。

「日本の組織はボトムアップで部下に戦略を立てさせてトップが承認するような形になっていますが、リーダーが“コンセプチャルスキル(概念化能力)”を駆使してトップダウンで意思決定できることが重要なのではないかと思います」

リーダーが組織全体をまとめ、必要とあらば、横櫛を刺し、IT技術者が自分のもっているスキルを思う存分発揮できる、そんな組織作りが求められているのだという。

「そのときCIOは社長の指示待ちではだめなのです。CIO自らが予算など必要なものを取りに行き、ビジネスを組み立てていく、そんなリーダーシップが求められているのではないでしょうか」(河原氏)

まさに今、CIOの技量が問われているといってもいいのではないだろうか。